どうも、くるみ学長です。
前回に続いて
【アルカイダ編】の講義です!
早速参りましょう!
前回【タリバン政権編】
【アルカイダ誕生】
1:イラクの侵攻
冷戦が終結したのを契機に、
イラクのフセイン政権が
すぐ隣のクウェートへ攻め込みます(1990年)。
クウェートは石油が沢山出る、お金持ちの国でした。
ソ連も崩壊し、アメリカも関心が無かったので、
石油欲しい…今がチャンスや!
と考え、イラクはクウェートに
侵攻したのです。
当時のアメリカの大統領は、
ジョージ・ブッシュ(父)です。
1991年、アメリカはクウェートから
イラクを武力で追い出します(湾岸戦争)。
2:ビンラディン追放
イラクはサウジアラビアにも面しています。
サウジアラビアは、
「今度はうちにイラクが攻め込んでくるのでは?」
と危機感が募りました。
そこでサウジアラビアは
アメリカに救援要請を出そうとします。
それに反対したのがビンラディンです。
3:オサマ・ビンラディン
ビンラディンは
サウジアラビアの富豪の息子であり、
アメリカの同時多発テロを計画した人物です。
ソ連によるアフガニスタン侵攻の時に、
各地からイスラム教徒が集まったのを覚えていますか?
なんとその時に、ビンラディンも参加していました。
ビンラディンはイスラム教を愛しています。
ですので、サウジアラビアが
キリスト教であるアメリカに、
救援要請を出すことに猛反対します。
アメリカ軍は、
イスラムで禁じられている
酒も飲むし、女も露出が多い。
これではイスラムの地が穢れてしまう!
と感じたのでしょう。
しかし、サウジアラビアは猛反発を押し切って
アメリカに救援要請をだします。
その際に猛反発するサウジアラビアは
ビンラディンを国外追放しました。
4:アルカイダの誕生
国外追放されたビンラディンは
かつてソ連と戦っていたアフガニスタンに戻ります。
アフガニスタンは、タリバン政権ができていました。
その中にもソ連を相手に一緒に戦っていた
昔の仲間たちが残っていたのです。
ビンラディンは、客人として
タリバンにもてなされることになりました。
そして、国外追放されたことと、
イスラムの地にアメリカ軍が入ってきたことに対し
おのれ、アメリカ…
目に物見せてやる!
とアメリカに対し恨みを持つようになりました。
そして、ビンラディンは国際テロ組織を作り、
アメリカにテロを仕掛けることを誓います。
思い出してほしいのは
タリバン政権は元々、イスラム過激派の学生たちです。
「イスラム教こそが本当の教えである」
そう洗脳された学生達と、
アメリカに恨みを持つビンラディンが
ここで融合します。
そして、そこで作られたのが
アルカイダという組織でした。
5:アメリカ同時多発テロ
ビンラディンは、アルカイダのメンバーを
アメリカのパイロット養成所に潜り込ませます。
そして、2001年9月11日、
アメリカ国内で4機の飛行機を乗っ取って、
同時多発テロを起こすのです。
3000人以上の人が一瞬で亡くなりました。
【今回のまとめ】
1990年:イラクのクウェート侵攻
1991年:湾岸戦争
2001年:アメリカ同時多発テロ
①イラクのクウェート侵攻に対し、
アメリカが軍を派遣し、撤退させる
②危機感を募らせたサウジアラビアは
アメリカに救援要請
③アメリカの侵入に猛反発した
ビンラディンがサウジアラビアから
追放される
④アフガニスタンに行きつき
「打倒アメリカ」のもとに
タリバンとビンラディンが手を組み
アルカイダ結成
今回はここまでです!
次回はついに最終回「イスラム国誕生編」です。
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お待ちください!
それではまた!
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最後まで
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